山本光(幾何)

1.自己紹介

子供の頃は自然の中で遊ぶことが好きで,自分が研究者になるとは思ってもいませんでした.おそらく研究者には,子供の頃から「将来は研究者になる」と決めていたタイプの人と,そうではなかったタイプの人がいると思いますが,それで言うならば私は後者です.中学高校では数学が一番好きで,大学は東京工業大学へ行き,数学科に入りました.大学の学部では幾何学の授業が一番面白く,その先生の研究室に行きました.

2.研究者を目指したきっかけ

今になって思うと,将来のことをあまり深く考えていなかったと思います.数学科に行って就職は大丈夫なのか?など先のことを考えれば,数学科に行くことを躊躇してもおかしくはないと思いますが,当時の私は「数学が好きなので数学科に行く」という単純な発想で進学先を決めました.正直に言えば私の中には「研究者を目指したきっかけ」というものは明確にはありません.その場その場でできることをやっていたら研究者になっていたというのが正しいと思います.

3.数学をはじめた頃のこと

数学を学ぶ姿勢が質的に変わった時期が2つあると思います.最初の「数学をはじめた頃」と言ってもよかろうと思う時期は,大学2年の時です.数学の自主ゼミを行うインカレに入りました.数学書を自力で読んで,理解したことをメンバーの前で解説します.もちろん鋭い質問がバンバン来て,何度もたじろぎながら本を読み進めて行くわけです.この自主ゼミを通して,はじめて自分で自分に数学をインストールしている感覚を得ました.若い大学生の皆さんには有志を募って自主ゼミをすることを強く推奨したいです.

次の段階としては,どこかに存在する既存のプログラムを自分にインストールするのではなく,自分で新しいプログラムを創り出すレベルに行かなくてはいけないわけです.その能力の獲得は一足飛びには行かず,過程にはグラデーションがあるわけですが,一つの区切りとしては修士課程に入った時が第2の「数学をはじめた頃」と言ってよいものだと思います.修士課程になると,僅かでも良いから「まだ誰も見つけていないことを見つけてごらん」ということになるわけです.よく言われる言い方ですが,人類全体の知識の地平線を少しでも押し広げることが求められます.もちろん無から有を生み出すことはできませんので,論文を読むわけです.そして,自分だったらこの先こうするかな,この場合はどうなっているんだろう?などと,自分の興味に従い計算や推論を重ねていきます.修士課程ではこのぐらいできればもう御の字だと思います.博士以上の研究者になると,結果の重要性や学術的価値も考える必要があり,研究者としてより高い能力,より良い結果が求められます.ちなみに,知識の地平線を押し広げると書くと,非常に難しいことのように聞こえますが,ある程度研究の最先端の方に行くと,むしろ分かっていることの方が少なくて,知識の島は穴だらけで,至る所に地平線があります.ポイントはそこに地平線があるかどうかを見抜く心眼があるかどうかだと思います.

4.私の専門・研究について

私の専門は大分類すると幾何学で,幾何学の中をもう少し細分した場合は,微分幾何学に位置します.幾何学というのは図形を調べる学問です.図形というと中学高校ぐらいでは三角形や四角形といった,角がある図形を連想しがちですが,微分幾何学で扱う図形は,円や球など,尖った部分がない,つるつるしたものです.微分幾何学という名前の通り,微分を使って図形を調べるわけです.微分だけではなく積分も使います.つまり解析学はフルに使います.微分幾何学で何を調べているか?というと,私は(標語的に言えば)図形の自然な形とは何か?ということを調べています.例えばシャボン玉はストローから噴き出された後,自然に球になります.系をピンと張れば直線になります.このように身の回りにある「綺麗な形」というのは何らかの物理的な要請によってその形になっている訳です.シャボン玉が球になるのは(中の空気の量は一定を保った状態で)表面積を最小にするようにシャボン液が動いた結果です.これを高次元に一般化するというのが私の研究をよく表現していると思います.何も言わずに高次元と言いましたが,微分幾何学では,目に見える0,1,2,3次元の図形だけでなく,目に見えない4次元,5次元,6次元,そしてそれ以上の任意の次元も含む一般の次元の図形を考えます.目に見えないし,物理実験も不可能となると,いよいよ数学だけで解決するしかなく,そこが数学の真骨頂という感じがします.

5.つくばでの教育の様子・印象

日々の授業のことを少し書こうと思います.新型コロナウイルスが感染の猛威を奮っている最中にこちらに来ましたので,私の担当授業は全てオンラインという状態からのスタートです.ですので,リアルな学生さんに未だに会ったことがない,というのが実情です.まだ半年の経験しかありませんが,学生さんのレポートを見る限り,皆さん真面目で,学びたいという意欲が伝わってきます.学生の皆さんはオンライン授業の日々で大変かと思いますが,いつか対面授業で会えることを楽しみにております.

6.若者へのメッセージ

まずは「主体的に学んでください」ということを伝えたいです.学生の皆さんには自分で調べ,自分の力で自分の方から知識を獲得しに行くということを練習して欲しいと思います.例えば講義を聞いていて面白いと感じることがあれば,図書館やインターネットを使ってその先のことを貪欲に調べるとより力がつきます.これを繰り返し繰り返し行なっていくことで,数学の力だけでなく,実社会でも役に立つ問題解決能力が養われると思っています.もう一つ伝えたいことがあります.それは「自分が好きなことをやってください」ということでです.簡単そうに聞こえるかもそれませんが時として難しいことです.若い学生さんはこれから決断の機会が多々あると思います.例えば専門分野をどうするか,進路をどうするかなどです.そんなとき「これは本当に自分が好きなことか?」という基準で判断してみると,最終的にはうまく行くことが多いと思います.その時々で様々な情報に心惑わされることが往々にしてあります.それでも「自分はこれが好きなのでこれをやります」と決め切るには勇気がいります.もちろん途中で悩むこともあるかと思います.そんなときは私でよければ相談に乗ります.皆さんが大学で好きなことを見つけそれを継続できるよう応援しています.