代数学分野

代数学は,数理科学のあらゆる分野における事象から「概念」を抽出・昇華し,新しい理論として発展させてその成果を数理科学全般に還元する役割を果たします.例えば,幾何学における「空間 $$X$$が滑らか」というのを,代数学は「可換環 $$ R $$ が滑らか」という概念に昇華し,次の条件を満たすことを以てその定義とします(Grothendieck): $$ R $$ への可換環の準同型全射 $$ p:S\to R $$ であって,核 Ker $$p$$ がベキ零イデアルなるものが,必ず分裂($$ p\circ i= $$恒等写像 を満たす準同型 $$ i:R\to S $$ が存在)する.これにより,幾何学に留まっていては予想だにできない,飛躍的発展が可能になるのです.

筑波大学代数学チームは,専門分野から大きく次の3つグループに分けられますが,心ひとつにして次世代をリードする人材の育成に努めています.ともに根源を追い求め,新しい世界を切り開く,若いエネルギーをお待ちしています.

 

解析数論(三河 寛,金子 元,秋山茂樹)

解析数論は整数の様々な代数的構造に興味を持つ分野です.整数は素朴に見えますがとても味わい深いものです.多くの問題が足し算と掛け算の関係で記述されますが,問題は深く,その進歩は大変美しいものです.研究の他分野への予想もできないような応用が見つかる事がしばしばあり,その意外さはとても愉快です.道具には何も制限がなく数学の全ての分野が関係しますが,解析的手法(複素解析,調和解析,力学系など)や情報理論,計算機科学などがしばしば用いられます.

三河 寛:素数(分布)論は近年,人口に膾炙した感がある一方,へんてこりんな解説も蔓延してしまいました.なので「正法」本橋洋一, 解析的整数論 "I", 朝倉書店(2009) をご覧下さい.エッセイ「双子素数問題について」数理科学 no.651 (2017) も,ついでにどうぞ.

金子 元:数系(実数の10進展開など)は素朴な対象ですが,魅力的な未解決問題が多いです.例えば,代数的無理数の10進展開では,0から9までの数字が一様に現れると予想されていますが,未解決です。金子は,代数的数に関する不等式(ディオファントス不等式)や力学系(特に記号力学系)を応用することで,数系を始めとする一様分布論について研究しています.

秋山茂樹:数学は自己完結的で静的に見えますが自然や社会と,深部で会話し成長しています.数論は離散的な対象の個別性を扱う学問です.エルゴード理論は現象の大局的統計的性質を扱います.私の興味はこの大きく性格の異なる二つの分野の会話にあります.この異文化交流は力学系,準周期秩序,計算機科学などの隣接分野にも拡がっています.

 

表現論,数理物理学(佐垣大輔,カーナハン スコット ファイレイ)

数理物理学は,物理学で発見された様々な理論,現象などを数学の視点から厳密に証明し,その結果を再び物理学に還元することを目的としています.一方,表現論は群や環などの代数系が線形に作用するベクトル空間(表現)を研究する分野です.どちらの分野も代数だけでなく,解析,幾何などの様々な視点から活発に研究されています.また,リー代数などの特殊な代数系の表現が物理学に自然に表れるため,数理物理学と表現論は互いに影響を与えあう関係にあります.

佐垣大輔:佐垣の専門は量子群とリー代数の組み合わせ論的表現論です.特に量子群の表現の結晶基底(組み合わせ論的に良い性質を持った表現の基底)とその組み合わせ論的実現(クリスタル)についての研究を行っています.これらをもちいて指標などの表現に関する量を組み合わせ論的に記述することを目標としています.なお,より詳しい自己紹介が「つくば数学通信」にありますので,そちらもご覧ください.

カーナハン スコット ファイレイカーナハンはムーンシャイン現象に関する研究を行っています.ムーンシャイン現象とは,保型形式と有限群の表現論を結びつけるとても不思議な現象です.これらの現象の多くは,共形場理論といった理論物理学に由来する概念を用いることでよく理解できることが多いようです.これらの関係を詳しく研究するためには,頂点代数,無限次元リー代数,代数幾何などの様々な理論が必要になります.

 

 代数幾何学,数論幾何学,環論(木村健一郎,坂本龍太郎、三原朋樹,山木壱彦,増岡 彰)

幾何学的直観を代数学の厳密な議論で裏付けするのが,代数幾何学です.Grothendieckは,1960年代この分野に革命をもたらしました.この20世紀最大の数学者は,「空間がまずあってその上の関数たちがなす可換環が現れる」のではなく,「空間と可換環が互いに対応しあうものとして初めから対等に存在する」として,環論を基礎に置き代数幾何学をその上に再構築したのです.

増岡 彰:群は空間に演算が付随したものであり,対応する演算を可換環に付随させたものが可換ホップ代数です.代数学の自由さは,可換と限らないホップ代数を(幾何学的対応物が存在しなくても)定義します.増岡は,そのような一般的ホップ代数を研究し,微分方程式のガロア理論やスーパー幾何学に応用しています.

高木貞治の高名から,代数的整数論が日本のお家芸であることを知る方も多いでしょう.1980年代,上記の新しい代数幾何学を用いて整数論を行おうという動きが始まった(少なくとも1つの)地もこの国です.こうして産まれた分野は、数論幾何学と称される現代数学の1つのコアとなりました。その貴重な担い手を筑波は4人擁しております.

木村健一郎:木村はBeilinson予想に取り組んでおり,その解決に向け代数的サイクルや周期写像の研究をしています.有理数体にリーマンのゼータ関数があるように,代数多様体にもゼータ関数がある.その特殊値(整数での値)と代数多様体のK群との間に不思議な関係があるだろうというのが,多くの一流の研究者を引きつけているこの予想です.

坂本龍太郎:坂本は、Selmer群とL関数のp進的な性質について研究しています.特に,L関数の特殊値を数論的不変量(Selmer群)を用いて記述するというBloch--Kato予想に興味を持っています.この予想はミレニアム問題の1つであるBirch and Swinnerton-Dyer予想の一般化になっており,世界中で盛んに研究されています.

三原朋樹:三原はp進代数の一般性質を明らかにするためにp進解析,p進幾何,p進表現について研究しています.その研究の特徴は,代数・幾何・解析のすべての分野を横断するところにあり,また,実数とp進数という極めて異なる数体系の間に類似性を見出そうとする,深さの追求にあります.

山木壱彦:山木はこれまで,代数体上や函数体などの「算術的な」体の上で定義された代数多様体の算術的性質について,主に研究してきました.その過程で非アルキメデス的幾何学においても業績を挙げました.この幾何学は,非アルキメデス的付値体上の解析幾何学やその「有限近似」ともみなせるトロピカル幾何学を含みます.この分野の最近の進展は目覚ましく,多くの若い人が活躍しています.(広報委員会 注:山木先生は2021年度 日本数学会 代数学賞の受賞者です.)

 

代数学チーム提供の数学教程を説明します.数学類においては,線形代数の入門から進んだ内容まで.続いて群,環,加群といった代数系に関して講義と演習が用意されています.最終学年ではガロア理論,リー代数の講義.受講生の興味に応じたセミナー形式の卒業研究で締めくくられます.

数学学位プログラム(大学院)に進学されますと,数論,表現論の専門的知識や代数学の普遍的方法を伝授する講義.また指導教員はじめチームメンバーと日々ともに数学を探求することで,実践的な研究方法を身につけることができます.前期(修士)課程修了時には日本数学会などの一般講演を目標に,後期(博士)課程修了時には、国内外での研究集会における研究発表および国際的な学会誌や学術誌に掲載されるレベルの欧文の論文発表を具体的な目標にしています.